深夜2時に僕と渉兄さんは街に向かって車を走らせた。『兄さん、優子さんが誰に拉致されたか見当がついてるんでしょ?だから落ち着いてろなんて言うんだよね?』渉兄さんは横目でチラッと僕に目をやり、降り出した雨をワイパーで弾きながら『ああ、正直言って拉致されたと思った時は相手の動きの早さに愕然としたよ。でもな、よく考えてみると相手が優子ちゃんを拐う必要は全くない筈だと気がついた。だってあと5日大人しくしていれば契約できるんだからな。わざわざ問題をおこす事はない』兄さんは言葉を切り、タバコに火をつけてから話を繋いだ。『俺が協力を要請しに行ったろ?その相手はその組の昔の幹部だ。代が替わり、今の組長との折り合いが悪くなって自分の作りあげたしのぎを全部渡して足を洗った。だが引退してもその筋の情報は県警の4課などより格段に早い。だから話を聞きに行ったって訳さ』僕は黙って兄さんの次の言葉を待った。『要するに今回の拉致騒動は組でも我々でもなく、全く無関係な第三者のそいつの行動だったのさ。無論、そ
いつは俺が絡んでいるとは知らなかったから驚いていたがな』『でも、なんで…』僕の言葉を遮り『そいつがそんな事をするかってんだろ?確かにそいつは何の得もしないさ。ただ銭儲けの為に弱い女子供を騙す様なやり方を我慢できなくなって困らせてやろうと考えていた時に張本人の優子ちゃんがウロウロしていたので拉致って隠してしまおうと思ったんだとさ』『じゃ、その人は優子さんの顔を知っていたの?』『当たり前だ。優子ちゃんどころか希望園の関係者やお前の事も調べあげてる。お前が俺の弟だとは予想しなかったらしいが。足を洗ったとはいえ、まずは徹底的に敵の情報を調べてから慎重に行動するのは今も昔も変わらないヤクザのやり方だ』何故渉兄さんがそんな関係の人と知り合いなのだろうか。とにかく優子さんは無事なようだ。『不動産屋の坂口には優子ちゃんが所在不明になった事は電話で伝えてある。奴らは間違いなく我々が何処かに隠したと疑っているだろう。だから我々に監視をつけて所在を割ろうと躍起になるはずだ。そして時間が残り少なくなれば手荒な手段をとる。そうすれば我々の勝ちだ』しかし、そううまくいくだろうか…。