『おかしいな。とっくに戻っている筈だが…』先ほどより駐車している車の台数もかなり減った周りを見回しながら兄さんがいかぶる。『どうせ待ちくたびれて食べ物でも探しに行ったんじゃない?』と言いながら足元を見ると優子さんがカバンに付けている子熊のキーホルダーが落ちている。しかもマスコットの頭の部分の鎖ごと切れていた。『渉兄さん、これは優子さんのだ。こんな可愛くない熊を付けるのは優子さんぐらいだという印象があったからよく憶えているんだ』兄さんは暫く沈黙しながら頭を回転させている時の癖で、目を閉じて目頭を指でなぞりながら考えている様だ。僕は優子さんの携帯電話にかけてみたが〈電波の届かない所におられるか、電源が入っていないため…〉とアナウンスが流れるだけだ。兄さんは事態についての整理がついたのか、パッと目を見開き『強司、車に乗って待っててくれ。もし誰かが来たらそのまま車で逃げろ。俺は知り合いの協力をとりつけてくる。こちらから電話入れるまでは決してウロウロするな』と言って前面道路でタクシーを捕まえて行ってしまった。あの様子をみると兄さんも優子さんの身に何かあったと判断したのだろう。僕は自分に落ち着く様に言いきかせ《今は慌てないで兄さんの指示通りにした方がいい。僕が勝手に動くと事態がややこしくなる》と考え深呼吸をした。日が暮れて街灯にあかりがついた。もし優子さんの身に何かあれば誰であろうと許さない…敵は確実に近づいている。