僕たちは街の中心部にある駐車場に車を入れ、そこから歩いて行動する事にした。街中を歩いて暫くすると先を歩く優子さんが振り返り『一番時間かかるのは床屋だから、兄さんが強司を連れてってくれよ。その間にそれらしい服を揃えておくからさ』渉兄さんは『OK。じゃ終わったら車で待ち合わせしよう。タトゥーも彫り師に連絡してあるからすぐにやってくれるそうだし』どうやら二人の息はピッタリの様である。優子さんと別れて渉兄さんと二人になった。『兄さん、ホントはこんな作戦やらないんでしょ?どうやって優子さんに説明するの?』と期待を込めて尋ねると、兄さんは歩速を緩めずに『優子ちゃんの計画は予定通りやるつもりさ。ただ、ちょっとアレンジするけどな』『じゃあ僕の変装も予定通り?』兄さんはニヤッと笑って『それも楽しみの一つさ』と、まるで他人事の様だ。続けて『大丈夫。俺を信じろ。昔から勝算のない戦いはしない主義だ』確かに兄さんは何事にも計算した上で行動し、いつもスマートな生き方をしてきた気がする。その兄さんの言葉に僕はつい安心させられた気になった。『わかったよ。優子さんの言葉ならともかく、兄さんが言うなら僕にできる事は何でもするよ。それが希望園と牧場を悪の手先から守れる事になるなら!』兄さんは口元に笑みを浮かべ『その意気だ。これが成功したら強司にバラ色の人生が待ってるぞ』と意味深な言葉を残して床屋に入っていった。建物も古いが、中にいた店主らしきお爺さんも90を越えているのではないかと思うほど年季が入っている。理容椅子に座りテルテル坊主の様なものを着けられると『オヤジさん、俺の弟なんだ。20ミリの長さで巻いてくれ』オヤジさんは返事もしないで準備にとりかかった。良く見ると手が小刻みに震えている。大丈夫なのかな…と不安に感じたが、ハサミを扱う手さばきは見事という他はないくらい鮮やかで、顔つきも鋭くなった気がする。次第に変わっていく自分の姿に不安を感じながらも、髭そりをあててもらっているうちに気持ち良くなり眠ってしまった。目を醒ますと鏡の中には知らない自分がいた。頭は大仏様の様にチリチリになり眉毛が線みたいに細く剃られ、これで目つきが悪ければ間違いなく街中で職務質問されてしまう様な風貌だ。