翌朝希望園に卵を届けると、園庭で昭一が竹刀の素振りをしていた。裸の上半身からは熱気が蒸気の様にたち昇っている。まだ男として未完成の身体とはいえ、隆起した筋肉は普段の訓練の賜だろう。やがて僕に気付くと竹刀をそっと置き近づいてきて『おはようございます。先日は色々と有り難うございました。僕のために不動産屋まで乗り込んだと聞いて…本当に反省しています』と、身体を折り頭を垂れてきちんとした姿勢で謝ってきた。『もう気にしないで。それより頭の怪我の具合はどう?』『はい。お陰様で裂傷以外に異常は見られないとの事で昨晩退院してきました』『そうか、それは良かったね。ここの事は心配しないでまずは自分や兄弟達が勉強に専念できる様にしないとね』と言うと『はい。母さんに心配かけない様にするつもりです』と、若者特有のすがすがしい笑顔で答えてくれた。中に入ると台所で池谷さんが朝食の準備におわれている。僕に気付き、湯気の向こうから微笑んでくれる。なんという素晴らしい光景だろう。いつかは毎日こうして過ごせたらどんなに幸せだろうか…。池谷さんが《たまには一緒に朝食を召しあがっていきませんか?》と言ってくれた。僕は反射的に『はい。ご馳走になります』と、答えていた。後になって牧場です朝食を待つ陽一と優子さんが頭に浮かんだが、この幸せと比較したらすぐに煙の様に消えてしまった。たまにはお腹を空かせれば僕の有り難みがわかるだろう。僕がおかずを並べたり食器を用意していると子供達が眠そうに起きだしてきた。下の子を上の子が面倒をみて、またその子を上がみる…。一見秩序なく動きまわっている様に見えても、誰一人として自分勝手に行動していない。僕がそんな事に感心している間に全員がテーブルに揃った。年長の美希の挨拶に合わせて『いただきます!』と大きな声が広間に響き一斉に食べ始める。そんな子供達の姿を池谷さんは目を細めて眺めている。なんて優しい顔なんだろうと、思わずみとれてしまう。しかし、心なしか目の周りに疲れが見える気がした。