渉兄さんが帰り、陽一が就寝して居間には優子さんと二人になった。さすがの優子さんも今回の自分の甘さには参った様子で、何回もため息をついては窓の外を眺めている。牧場売却の一つのきっかけとはいえ、希望園を思ってしてくれた優子さんの気持ちが有り難く、しかしこんな事態になって落ち込んでいる姿は気の毒で見るに堪えない。僕は冷えたワインとカマンベールを冷蔵庫から二人分出してきて『さっ、気分転換に少し飲みましょう!』と言ってグラスにワインを注いだ。優子さんは『うん…』と、気のない返事をして口にワインを運ぶ。こんな時に元気づけてあげるのが男の甲斐性ってもんである。一つ咳払いをして『優子さん、誰にもミスをする時があります。大事なのは思いやりや優しさであり、結果が悪くても自分を責めてはいけません。あなたの決断は素晴らしく美しいです。もっと自信を持って下さい。さぁ、元気を出して!』優子さんはビックリした様子で僕を見つめている。感激したのだろうか、口元をワナワナと震わせている。すると突然『お前何言ってんだ?頭がおかしくなっちまったか?誰が落ち込んでるって?アタシはあの狸オヤジに腹が立ってどうやって仕返ししてやろうか考えてたんだよ。全くバカじゃねぇの?』僕は暫く硬直して動けなくなってしまった。すると『さっ、アタシは寝るよ。強司も早く寝るんだぞ。アタシが仕返し計画たてたらあんたにも手伝ってもらうんだからよ』と言い残して居間から出て行ってしまった。本当に仕返しなどしたら大変だ。しかも巻き込まれる可能性は天より高く、怒った彼らの執念は深海の様に深いに違いない。明日渉兄さんが来たら優子さんの無謀な計画を止めてもらおう。相手が暴力団とはいえ、人間話せばわかるものだ。