病室に戻ると昭一はベッドの上で身体をおこし、大勢の兄弟達は思いおもいに昭一に甘えて、痛そうな顔をしながらも楽しそうに笑っていた。昭一は池谷さんに気付くとバツの悪そうな顔をしながら『今回は大変な迷惑をかけてすみませんでした』と頭を下げ苦笑いを浮かべる。周囲は思ったより落ち着いた昭一の姿を見て一安心というところか。しかし、周囲の安堵感を打ち消す様に池谷さんは昭一に近づき、いきなり平手で頬を叩いた。その出来事に部屋の中は鼓を打った様な静寂に包まれ、誰も口をきく事すらできない。《今回のあなたのとった軽率な行動によって周りがどれだけ心配したか考えなさい。自分では勇気を出して施設の為にした事と思っているかもしれませんが全く話になりません。匹夫の勇とはあなたの様な浅はかな行動を取る事をいいます。年長ならもっとしっかりした言動をとりなさい》と厳しい顔で言い放った。僕は『池谷さん、彼も兄弟達を思っておこした行動だと思います。そんなにキツい言い方をしなくても…』と話す言葉を遮る様に《鬼塚さん、これは家族の問題です。もしも彼の身に取り返しのつかない事が起こっていても同じ事を言えますか?》僕は言葉に詰まってしまった。確かに運が悪ければもっと重大な事になっていても不思議ではない状況だった。子供達は池谷さんの厳しい態度に接してビックリした様子で中には泣き出す子もいて、美希がみんなを連れて部屋を出ていった。池谷さんはベッドの横に置いてあるパイプ椅子に腰掛けて昭一に目を向けているが、昭一はぼんやり窓の外を眺めているだけで何も話そうとしない。いつの間にか雨が降りだした様で、先ほどまでの楽しそうな鳥のさえずりも今は聞こえない。池谷さんは自分を向く様に促して《私達を守ってくれてありがとう。でもね、皆の前ではあなたを叱らざるをえない。だって一番大切な子供達に何かあったら私は生きていく事もできないから。何があっても家族が元気でいれば住む家なんて何処でも平気だよ。だから兄弟達をこれからも見守ってあげてね》昭一の手を包み、彼女の涙が二人の手に落ちた。昭一は今まで我慢していたものが堰を切った様に溢れ出た様に大声をあげて泣きだした。その姿は本当の親子の様であり、人間らしい感情に溢れた心の交流がそこにあった。