いよいよ牧場売却の本契約まで1週間となった日に池谷さんから電話があった。池谷さんは言葉が不自由なため美希ちゃんの代弁だったが。『昭一がそちらに行ってませんか?』美希の言葉は少しうわずっていて慌てている様子が窺える。昭一は美希と同級の中学3年生で、希望園の男子の中で一番年上のおとなしい子だ。『こっちには来ていないけど、何かあったのかい?』池谷さんは戸惑っているらしく、少し間をおいてから美希が『実は…希望園が借りているこの土地を2年後に返還しなくてはいけなくなりました。最初の話では1年後だったのですが、先日この土地を所有する不動産の方が来られて、返還を1年延長して2年後の返還で構わない。そのかわりこの話は公言しないで欲しいと…。その話を昭一が聞いてしまったみたいで《僕達の下の兄弟達はどうなるの?行く所がなくなるの?》と、泣きながら施設長に詰め寄ったんです。心配しない様に言ったんですが…。今朝から行方がわからないんです。』池谷さんは移転先を探すにも期間が長い方がいいとこの提案を受諾したらしい。昭一としては親もいない子供達が路頭に迷うと思ったに違いない。『彼が行きそうな心当たりは?』『昭一は捨て子だったんです。だから親も親戚もいません。学校の友人にも聞きましたが今日は学校にも来ていないそうです』『わかりました。僕も車で探しに行きます。もし見つかっても怒らないで話を聞いてあげる様にと池谷さんに伝えて下さい』と言って受話器を下ろした。陽一が電話の様子を気にして何かあったかと訊いてきた。『ええ、希望園の子が一人朝からいなくなって学校にも行ってないらしいんです』陽一は『中学生ならそう遠くには行っていないだろう。ここの事はいいから探しに行っておいで』と言ってくれた。僕が慌てて出て行こうとすると『一番多感な年頃だよな。こんな時に他人がどう接するか…本人は生涯忘れないもんだ』と言って暖炉に薪をくべ始めた。た。僕は自分が冷静さを失いつつある事に気づかされた思いがした。車に乗る前に一つ大きな深呼吸をし彼の行方を追った。昭一が行きそうな場所はあそこしかない。牧場を出る時に思い出したのだ。この牧場の売買する不動産の人間が先日希望園で見かけた男とだという事を。