翌日、馬体の手入れをしていると優子さんが遠くで何か叫んでいる。僕が聞きとれずに首を傾げていると、イライラした様子を見せてこちらに向かって全速力で走ってくる。その迫力はまさに猪突猛進を絵に描いたようで、僕は思わず逃げてしまった。『おいバカ!何で逃げんだよ!大学まで送ってくれよ!』と息をきらせている。『もう10時ですよ。何でもっと早く起きないんですか』とブツブツ言うと『今日の補習受けないと卒業がヤバいんだよ。留年したら起こさなかった強司の責任だからな』と、またしても超勝手なご意見。仕方なく車を出して街の大学に向かった。『おい、もっととばせ。間に合わないだろ』『何を言ってるんですか。これ以上スピード上げたら違反ですよ』と反論すると『はぁ…。そんなんだから童貞なんだよ。アタシの卒業と強司の点数とどっちが大事なんだよ。うまく間に合ったらデートしてやるから急げ』別にデートはしたくはないが仕方なくスピードを上げた。捕まらない様に神様に祈りながら。街と牧場の中間辺りで前から見覚えのある赤いスカイラインが走ってきてすれ違った。『やはり今のは渉兄さんだ。どこに行くんだろう』と言うと『渉兄さんって強司がウチに来た時に荷物を運んできたゴッツイ兄さんか?』『そうです。スポンサー社員とはいえ、平日は会社にいるか練習している筈なんですけど』『兄さんは強司と違ってモテそうだからデートにでも行くんじゃない?』なんて話をしているうちに車は大学の入口に着いて停車した。『何停まってんだよ。早く中に入ってエントランスの前まで乗せてけよ』僕は『だって一般車両進入禁止って書いてありますよ』と言うと『いいんだよ。こんな日の為に守衛に毒まんじゅう喰わせてある』なんてサラッと言ってのける。僕が横目で疑い眼差しを向けると『早く行け』と言いながらサイドミラーを覗いて髪の先をつまみながら整えている。僕がゆっくりと車を構内に向けて発進させると案の定、守衛室から若くてゴツイ守衛が出てきて手でバツの形をつくってダメだと合図している。すると優子さんは助手席の窓を下ろし手を振りながら『山田さ~ん!遅刻しそうでお兄ちゃんに送ってもらったのぉ。エントランスまで入っていいかなぁ』と甘えた声で話しかけた。