伊呂里自身もシートベルトのおかげで怪我はなかった。


問題なのは車の前に写り込んだあのドレス姿…


接触した感じは無かったが、無事だろうか?



生け垣に乗り上げた車をそのままに、伊呂里は車外に出て、ハンドルを切ったあたりを見渡すが、周囲に人の姿は無い。



「おいおい、まさか幽霊ってことはないだろうな」


わずかにこぼれるヘッドライトの明かりを頼りに、路面を見渡す。


車とは反対の歩道にその人物は倒れていた。


そこには先ほどのシルエットと同じドレス姿。

長い髪が邪魔して顔はよくわからないが、ドレスから覗く素肌は透き通るように白く、細くしなやかに伸びてまるでガラス細工のようだった。


「よかった、幽霊じゃなかったんだ」


ホッと、胸を撫で下ろす。

「って、それどころじゃあないか」


横たわる女性の姿に見とれていた伊呂里は、慌てて駆け寄る。

どうやら車がぶつかって倒れたというわけではないようだ。


見ると彼女は手にヒールの折れたパンプスを持っている。この暗い道を裸足で歩いていたようだ。

そのうえ近づくだけで、お酒の匂いが鼻をかすめる。


「酔っぱらって道にでも迷ったのか?」


自分が原因ではないことがわかったとは言え、脅かしてしまったのは確かだ。

それに、こんな道の真ん中に女の子をこのまま寝かせておくわけにはいかない。


伊呂里は細い肩を揺さぶりながら声をかけた。


「お嬢さぁーん、こんなところで寝ていると危ないよぉ」


女性は伊呂里の呼びかけにも目を覚ますことはなく、小さいうめきをあげるだけだ。


何かにうなされるように首を振る女性。


伊呂里は赤く染まるほほを隠すように流れる彼女の長い黒髪を払った。



「え、まさか音色(ねいろ)じゃないよな?でもよく似ているなぁ」


その顔は伊呂里の知る女性に良く似ていた。