那須高原。


 関東から二時間程度という近さと、自然豊かで夏も涼しい絶好のロケーションは、理想的なリゾート地として人気が高い。


 この地で土産物屋のバイトをしている岬 伊呂里(いろり)は街頭も少ない夜の道を自前のワゴンRで家路へと急いでいた。


「まったく、あの店長のやろう。ろくに給料も出さないでこんな遅くまで残業させやがって」

 観光地の日暮は早い。夜九時を過ぎるだけで、車の通りも極端に少なくなる。

深まる闇に、走りなれた道もまったく別の表情を顕す。

 伊呂里は恐怖を誤魔化すためアクセルを踏み込んだ。

 一軒茶屋の交差点を過ぎたその時だった。

 車のライトが照らしだすその中に、ドレス姿のシルエットが浮かんだような気がした。

「うあぁっ」
伊呂里は反射的にハンドルを切る。

車は激しいタイヤの音をあげ対向車線側の生け込みに飛び込んだ。

 交通量が少ないことが幸いして、対向車との衝突は免れることができたが、自慢の黒いボディにはたくさんの擦り傷がはしった。