僕たちの時間(とき)

「どうした?」

 相変わらず僕を見つめたまま、珍しく言葉を失っているらしい水月に。

 僕は、あくまでも穏やかに、先を促した。

「何か言いたいこと、あるんじゃないのか?」

「うん……」

 その言葉で、ようやく彼女が返答の言葉と共に、1つ、こっくりと頷く。

 そして、そのまま伏せ目がちに微笑んだ。

「――本当に……嬉しかったの……」

「水月……?」

 彼女の発したその言葉はとても静かで、さきほど『嬉しかった』と屈託の無い笑顔で告げた彼女とは、まるで別人のようだった。

 思わず名を呼びかけた言葉を遮るようにして、彼女は繋いでいる手にもう片方の手も重ね合わせ、僕の左手を両手で包み込むように握り締める。

 そして再び僕を見上げて笑みを浮かべると、言った。

「嬉しかった。今日1日、こうして聡くんと一緒に過ごせたことが」

 その微笑みが、何だか妙に“泣き顔”に見えて……思わず、僕は言葉を失った。

 その隙に、彼女は続ける。

「聡くんが『外出許可もらえたから、どっか行こう』って誘ってくれたことが、本当に嬉しかったの。こうして、こんなに良い天気の日に2人きりで散歩できることが嬉しい。大好きなお花をプレゼントしてもらえたことも。…あと、一緒に映画を観られたことも」

 2人で過ごした今日1日のことを1つ1つ思い出しては噛みしめるように、水月は言葉を紡いでゆく。

 ――何故だろう? だんだんと胸が締め付けられるみたいに痛くなる。

 そんな感触を振り払いたくて…否定したくて、何も気付かないフリで僕は、努めて明るい口調で口を挟む。

「でもまさか、『どこ行きたい?』って訊いて、真っ先に『「ハリー・ポッター」の2作目、観に行きたい!』って返ってくるとは、思わなかったけど」