だけどそのユリィも、今はもう此処には居ない。
マルクト出身であるにも関わらず、優秀で向上心が高いユリィは、政府機関『サクリファイス』の『メンバー』のひとりとなった。


置いていったの?
おねえちゃん。


幼い俺が云う。
そう、ユリィの後ろ姿に問うた気がした。幼い幼い、声の高い俺が。


「ゼロ…落ち着いた?」


ああ、お前は知らないんだったな、シャン。
俺の『おねえちゃん』は俺を置いていったのさ。その少しあとで、お前と知り合ったのだった。


「ああ。心地よい夢を見ていた」地獄という名の楽園の夢を。


「色んなことが…頭を駆け巡った。俺はそれによって、壊されちまいそうだった。だけどこの液体のお陰で、心地よい夢しか見ることが出来なかったよ」

「それは僕に対する皮肉かい?ゼロ」


ライはなにやら医療品をいじっているようだった。手にはメス。俺はこの光景を見るたび、ライはライという人間の皮を被った化け物なんじゃないかと、思う。


「君は神経を患っているからね」ライは機器から目を離さずに云った。「ふとしたキッカケで暴走する。繊細なナイフだよ」


キラリと光るメスが俺の脅威だ。こいつもジャッジと同じく、しようと思えば『彼等』のいのちも…いや、しようと思わなくとも医者という存在は、常にいのちの天秤をこころに持っている。