「いいのか政行。」

自分を見上げる竜が静かに言った。

「情愛に呑まれて一族を滅ぼすわけには行かないだろう・・・?」

そういう政行は穏やかに笑んだ。

そんな答えに眉根を寄せた狼は二股に分かれた尾をぴしりと振って唸った。

「お前はいいのか、と聞いている。」

妖士族統領としてではなく一人の男として夫としていいのかと竜は問うたのだ。
先ほど政行は疾風に帝を護り、神狐族と戦う旨を伝えた。

それは彼にとっての妻、息子にとっての母である瑛姫と敵対することを意味する。

彼は竜の問いに微かに目を見開いたがすぐに静かな表情になってまたも微笑んだ。

「さあな。」

竜は主のそんな微笑みをじっと見据えていたが、やがて頷くと静かに立ち上がった。

「俺は疾風の所に戻る、用があれば呼べ。」

最後に政行の頬を一舐めすると竜はくるりと背を向け足音を立てずにゆっくり出て行った。




竜が部屋を出て二三歩歩いた時。

政行の部屋から小さな、式神でないと捉えられないような呟きと音を耳にした。

竜は一瞬瞳を閉じ身体を震わせたが、何も無かったようにまた歩きはじめた。



「いいわけがない・・・」

主の切なげな呟きと雫の落ちる音が彼の耳から離れなかった。