「母上・・・。」

長い間ずっと想っていた、義母である陽妃からどんなに可愛がられても。
それでもずっと会いたいと願っていた。
夜、一人で眠る寂しさに涙を流しても、会ったこともない母の姿を思い浮かべて耐えた。

けれど・・・
失いたくない。
大切な大切な優しい人。
目の前で顔を歪める愛しい人。

この人を護りたいと心から思う。
幸せに、大事にしたいと。
「疾風様・・・」

麗貴妃が疾風に手を伸ばした。

「これから・・・」
不意に呟いた疾風は顔を上げた。

「これから・・・初子には苦しい思いをさせるかもしれない・・・それでも・・・いい?」

泣きそうに唇を噛み締める疾風を華奢な体で包み込んだ麗貴妃は微笑んだ。

「私は・・・ずっとついていきます。どこまでも・・・疾風様が行くところに。ずっと。」

二人の視線が絡み合う。

「約束だね・・・初子。信じてる・・・」



二人に気づかれないようにそっと外に出た竜は嘆息した。

いつの間にか夜になっていて、月が輝いていた。

少し先の庭では政行が夜空を見上げていた、悔しそうに、泣きたそうに。

「どこまで辛い運命を背負うのか・・・この一族は・・・」
竜は目を閉じた。

優しい人の心が出来るだけ傷つくことのないように。
静かに祈り続けた。