Alice Doll

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「ありがとうございます。とても助かりました」

 ぺこっと頭を下げ、谷田部はにっこり笑って礼を言う。その笑顔にそばかすがよく似合っていて可愛らしい。

「あんまり手伝えているような感じはしませんでしたけど……」

 少しでも力になれたのなら良かったと由衣は言った。

 作業中の奏と谷田部の会話を聞いていたら、これが日常茶飯事だと判明した。だから此処に来た時も比較的落ち着いていたのだと納得する。



「あ、そういえば由衣は夏子を探してるんだろう?」

「夏子、さん?」

 一体、どこのどなたのことを言っているのかと、由衣は首を傾げた。
 そんな名前の友達はいないし、聞いたこともない。

「ああ、猫のこと。黒い」

 谷田部の言葉に由衣は「ああ!」と手を叩いた。あの猫は夏子という名前なのかと問うと、谷田部は困ったような微妙な表情を見せた。

 曰く、半野良のような状態であることから、ここの住人たちが好き勝手に呼んでいるらしい。

 例えば、先ほどの料理人、夜壱谷なら「くろすけ」と。
 他にも色んな人が思い思いの呼び名でその猫を呼んでいるそうだ。


 猫にとっては面倒臭いこと、この上ないだろうが。