Alice Doll



 …──あれ?

 由衣は既視感を感じた。何だか夢で見たような、ふわふわとした朧気な記憶が頭に巡る。


「ところで、貴方、あんな所で一体どうしていたの?」

 緑の目が、真っ直ぐに由衣を移す。その口調も、彼女を纏う雰囲気にも、別段責め立てるような要素はない。
 口元が柔らかな微笑みを湛えているところからも、それは伺える。

 しかし、それでも由衣は気まずくなり、目を逸らす。


 私からも聞きたいこと沢山あるんだけどな。でも多分、この状況で私から質問は厳しいだろうなぁ……。

 だいたい、家の鍵を猫に取られ、その猫を追いかけていたら迷ったなんて信じてもらえるはずがない。
 嘘をつくにしたって、それらしい嘘が思い浮かばないし。下手に言えば本当に警察行きかもしれない……。


 本当のことを正直にいうべきか、咄嗟に嘘をついて一か八かの賭に出てみるか、由衣は視線をいろんなところに走らせながら迷う。


 そして由衣がドアとは反対側に視線をやったときだった。

「お客様、かな?」

 ぎぃ、とドアが開く音と、誰かが部屋に入ってくる靴音、そして先程の女性が立ち上がる衣擦れの音が次々に由衣の耳に入る。

 そして先程の高くも低くもない、耳に心地よい男の声が聞こえたのは、由衣が振り返ったのと同時であった。