「ああ!」


 鍵を落としたときとは違う種類の声を由衣は出した。
 焦りそのものが見えるその声音に、猫はビクリ、と一瞬動きを止めた。

 その猫の口には銀色の小さな光を反射するもの。それは間違いなく、先ほど音を立てて落ちた由衣の鍵だ。

 猫はちら、とその青く大きな目で由衣を見ると、その目を細めた。それは人間でいうところの「ほくそ笑む」に近い表情。
 由衣はこの上なく嫌な予感を感じた。待って、と何度も何度も心の中で呟く。

 が…──

「ちょ! 嘘でしょ!?」

 最悪! 由衣はそう言い捨て走り出した。

 猫が由衣の鍵をくわえたまま、猫独特の素早く、柔軟な動きで走り始めたのだ。
 それを追い掛け由衣は走り出したものの、それ以上に「猫に人間が追い付けるのだろうか」という不安に駆られる。


 多分、それは不可能だ。しかし走らないと……追いかけないと家には入れない。
 今日に限って両親共に遅くなる日なのだ。
 絶対に鍵を取り返さなくてはならない。何が何でも!


 由衣は決心すると猫を睨み付けながら、足に力を入れるのだった。