そんな思惑があったのかは定かではない。

 私は前橋ではないし、彼の性格の一部始終を把握しているわけでもない。
 第一、そこまで計算高かったのなら、今夜のような状況には陥らなかったろう。

「それに、……友達のままでも、千葉さんと一緒にいられれば良いって、思って……」

 たどたどしく話し始めた彼の目は、もう私を見ない。

「言って、関係が壊れちゃうなら、いっそ、今のままで、いてようって」

 そこまで言って、前橋は大きく息をついた。
 極度の緊張が伝わってくる。
 その吐息は重々しく、彼の動揺を孕んで床に沈殿した。

「……千葉さんに言わせちゃって、ごめん」

 謝られたって、私の苛立ちはおさまらない。

 それどころか増長するばかりだった。

「俺さ、ほら、こないだも話したけど、時間に疎いっていうか、気づいたら春も終わりっていうか……こんなだから、絶対千葉さんを傷つけちゃうと思って……」

 けれどそれは、本当に私のことが好きだったらどうとでもなる問題ではないか。
 本当に大切に思ってくれているなら、そもそも忘れることはないのではないか。

 彼の口から語られる言葉は、どこかよそよそしく、前橋自身の言葉に聞こえない。

「俺、努力するし、だから、さ……あの、今度」

 そこで前橋はまた禁句を口にした。

「今度、遊ぶときに、改めてさ、そう、こんなとこじゃなくて、ちゃんとしたとこで、ちゃんとした言葉で、言うから」

 前橋はまた、私を待たせるつもりなのだ。