哀・らぶ・優


連鎖反応の始まりは多分、ここからだろう。
仕事ではミスをするし、気持ちは上がらないし、
何より、課長とはもうあの日以来話していない。
仕事も辞めて、地元にでも帰ろうかと思う。
逃げているようで嫌だけど、今、あたしは逃げたいのだ。
全てのことから逃避して、1からスタートしたい。


「お姉ちゃん、傘あげるから泣かないで。」

信号待ちをしていると、ふとそんな声がした。
声の方を見降ろすと、カッパを着た男の子が立っていた。

「はい、傘、あげる。」

小さな手に握られた、黄色の小さな傘。
心配そうにあたしを見つめる、小さくて綺麗な目。

「はい、って、君は?どうするの?」

「僕はカッパ着てるから大丈夫なんだよ!
それに女の子には優しくしなさいってパパが言ってたの。」

「でも…。」

戸惑うあたしに向けられた傘を持つ手は、つんと伸びたままだ。

「こういう時は男を立てて素直に受け取るんだよ!
そういう女の子のが可愛いってパパが言ってたもん!はいっ!」
男の子はそう言ってもう一度傘をぐんと前に押し出した。

「あ…ありがとう。」

その勢いに押されて、傘を受け取る。
よく見ると、その子の逆の手には黒くて大きい傘が握られていた。