忘れることなんて出来るわけない。だってあれは、あの日はあたしにとって特別な日なんだから。
確かにあの日は、怖い目に合ったし、痛い思いもしたけど、それでも貴方に助けてもらった、貴方に出会えた日だから。
ギュッとスカートを握りしめたあたしは、眉間にしわを寄せている彼を真っ直ぐに見つめ返した。
「貴方にとっては、どうでもいい日だったかもしれないけど、あたしは違う」
「……」
「あの日、一日で沢山の経験をした。絶望的な状況での恐怖も、痛みも…、ハッキリ覚えてるっ」
抵抗するあたしに手をあげた一人の男にひっぱたかれた頬は、凄く痛かったし、誰も助けに来てくれないと思った瞬間に襲ってきた恐怖心は、今でも時折夢で見る。
「だけど…貴方はあたしを助けてくれた。……震えるあたしに優しく手を差し延べて…っ」
「──…」
「本当はお礼っ…言いたかった、のに…っ何も言えなくてっ」
あの日の記憶が過ぎったせいか、溢れ出す涙に邪魔されて声が上擦る。
また、お礼が言えなくなるっ。
泣き虫だ、弱虫だって思われたくなくて、必死に涙を拭うあたしの頭に大きくて温かい手が伸ばされた。
