ふわりと、甘い香りがした。噎せ返るように甘い、ローズヒップの香り。
「レっンっ!」
 ずっしりと、急に身体が重くなる。押し潰されるようで、首が少し苦しかった。
 振り返らなくても誰だか分かる。僕は今まで読んでいた本を閉じた。
「愛姫、何?」
「一緒に帰ろう!」
 クラスの皆の嫉妬の眼差しが僕に突き刺さるのが分かる。でも、僕には関係無い事だ。
 下を向くと、白くて細い腕が僕の首に巻き付いているのが分かる。僕はその白い腕を、軽く二回叩いた。「僕はもうちょっと本読みたいから。」
「えぇ。」
 不貞腐れた愛姫の声。かと思うと、僕の目の前に愛姫の顔があった。
 ぱっちりとした大きな目、瞳。長い睫毛。元々はストレートなのに、巻いている黒い豊かな髪。白い白い、透き通るような肌。その癖妙に紅い唇。
 白雪姫が実在したならば、それは愛姫だろう。そのくらい、愛姫は美しい。愛される姫。愛姫はそのままだった。
 可愛らしい、紅い唇を尖らせて愛姫は膨れっ面をする。愛姫は自分が可愛い事を知っている。だから、自分の思い通りにならないものなんて、ないと思っている。
「本なんか家で読めば良いでしょお。」
「今一番良い所なんだから。」
「愛姫とどっちが大事なのぉ?」
 出た。
 僕は溜息を吐いた。だって、そうだ。それしかない。
「他にも一緒に帰ってくれそうな人は沢山いるよ。」
「愛姫はレンが良いのっ!」
「・・・。」
 愛姫が思い切り僕の腕を握っている。愛姫に握られた僕の腕が少しだけ赤くなっていた。
 こうなってしまったらもう愛姫は諦めてくれないだろう。僕の方が諦めて、本を学生鞄の中に入れた。たったのあと百頁だったのに。
 僕が鞄に本を入れると愛姫は本当に嬉しそうな顔をする。そして、僕の腕にぶら下がるようにして腕を組んだ。
 周りの視線が痛い。呪い殺されそうで、僕は皆と視線を合わせる事が出来なかった。
「柚姫。」
 僕は名前を呼ぶ。僕の好きな少女の名前を。
 柚姫は愛姫の双子の姉だ。髪も巻かずにストレートのまま。そして顔立ちは愛姫のように派手――彫りが深く――なく、清楚。目立たないけれど、とても美しい少女。
「一緒に帰ろう。」