何て最悪な日なんだろう。
 アイツは出所するし、バイトはクビになるし、宿題忘れて先生に怒られるし、パパとママの命日だし。
 もう、ただ最悪。
 できるなら最悪ついでにアイツも殺してやりたいけど、向こうでもママがストーカーされたら大変だし。
 野村海。私は絶対に忘れない。誰が忘れても、アイツを絶対に許さない。
「お嬢さん。」
 その上キャッチセールスか。私は顔を上げないようにして歩いた。捕まりたくない。
「お嬢さん。
 ふと、その人が私の顔を覗きこむ。
 綺麗な人だ。長い睫毛。豊かな黒髪。怖いくらい整った顔。まるで女の人のような男の人。
「綺麗な影ですね。」
「――え?」
 私は思わず自分の影を見てしまった。何の変哲もないただの影。
 だけど、その人は満足そうに、うっとりするように私の影を見ている。
「僕にその影、売ってくれませんか?」
 そう言うと、公衆の面前にも関わらずその人はどこからか大きな袋を取り出して開いた。その中には信じられないくらいたくさんの金や宝石があった。
 この人は一体誰なんだろう。少しだけ、本当に少しだけ寒気がする。
「一年でいいんです。」
「・・・。」
 その中の物はとっても魅力的だ。だけど。
「影なんて、売れるわけないじゃないですか。」
「いいえ。」
 その人はゆっくりと首を振る。
「僕にはそれができるんです。」
「貴方、一体――?」
 誰なの。何者なの。
 けれども、その人は私の問いを勘違いしているみたいで、
「レイノです。」
と答えた。
 レイノ。変な名前。もしかしたら日本人じゃないのかもしれない。
 もしかしたら、悪魔なのかもしれない。
「売ってくれますか?」
「――。それはいらないけど、お願いがあるの?」
「何ですか?」
 私のお願い。そんな魔法使いみたいな彼なら、叶えてくれるかもしれない。
「復讐したいの。」
「それを貴方のお父さんとお母さんが望んでいないことくらいわかっているよね?」
 何なんだ。どうして、そんなことを。
「パパもママも知らないくせに!」
「知ってるよ。むつきちゃん。」
 気持ち悪い。
「それでも、復讐する?」