消毒液の臭いがする。うっすらと目を開けると真っ白だった。それを背景に、腫れぼったい目を更に腫らした母さんとそれを支える父さんがいる。
「レンくん!」
 母さんは僕の名前を呼びながら僕を抱きしめた。僕は、何をしているのだろう。記憶に霞みがかかっている。
 ああ、そうか。学校が倒れたんだ。それを境に、一気に僕の記憶が蘇った。
「愛姫!」
 愛姫はどうなった。僕が無事という事は、愛姫は助かったのか。僕は母さんを突き飛ばして跳ね起き、辺りを見渡す。
 腰と頭に激痛が走った。だけれど、構ってなんかいられない。
「愛姫!」
「レン。」
 柚姫よりは高く、甘い声。松葉杖にその華奢な体を支えられた愛姫が、そこにいた。その白い肌には無数の傷が。だけど、何より。
「レン!」
 ベッドから起き上がれない僕の代わりに愛姫が僕に抱き着いた。
「ずっと目覚めなかったから――、死んじゃったかと!」
 愛姫の声が震えている。その華奢な肩を僕は抱いた。
 医者が駆け付けてくる。医者は僕の顔を見ると、よかったですね、と笑った。
 そして医者に簡単な検査を受けながら愛姫と医者に聞いたところ、学校は沈んで倒れたらしい。地盤沈下だった。何十人かは助けられたが、僕たちのクラスで助かったのは僕と愛姫、そして柚姫。
 僕がしっかりと抱きしめていたから愛姫は軽傷で済んだらしい。だけど僕は五日も眠り続けていて、覚悟しておいてほしいと言われたそうだ。
 そして柚姫。柚姫は池に浮かんでいたのを発見された。目立った外傷もなく、今は家にいるらしい――。
 そして僕は今。誰もいなくなった病室のベッドの上で愛姫と肩を並べていた。重傷なので、個室だったのだが、明日には四人部屋に移るらしい。
「レン。」
 愛姫が言葉を発した。美しい肌を裂く無数の傷が痛々しい。
「私、レンが柚姫を追いかけなかったことが嬉しかった。」
「――。」
「私を守ってくれたことが嬉しかった。」
 愛姫が僕の手を握る。その手はとても震えていた。すこし湿気ている。
「好き。」
「え?」