月曜日。僕はいつもより早めに起きて家を出た。愛姫が心配だったからだ。
 愛姫の家に迎えに行くと、案の定愛姫はあれから泣いてばかりいたらしい。一応制服は着ていたので、愛姫のお母さんに頼まれて僕は愛姫を連れ出した。
 昨日はよく覚えていなかったが、愛姫は化粧をしていなかった。この素顔の方が可愛らしい、と僕は思う。
 僕も愛姫も、一言も言葉を発しなかった。二人とも考えているのは柚姫の事。柚姫。一体どこへ行ってしまったんだ。
 学校に入って、明るく喋っている奴らも僕たちを冷やかす奴らも憎らしかった。
 倒れそうになる愛姫を支えて僕は教室に入る。
 教室は何も変わっていなかった。楽しそうに喋るクラスメイトたちも机の落書きも掲示物も窓際に座っている柚姫も。
 僕は呆然としてしまった。一体どうして。何があったんだ。
 そうかと思うと教室にぱん、と小気味のいい音が響く。愛姫の右手が宙に浮き、柚姫が左頬を押さえていた。
「ゆ――!」
 言おうとして、僕は迷う。一体どちらに味方するべきか。
 僕が一歩踏み出して、どちらへ行こうか迷っていると床にへたりこんで、愛姫が火の点いたように泣き始めた。
 いつのまにか、僕は愛姫の肩を支えていた。柚姫の元へ行こうと思っていた、と思っていたのに。
 クラスメイトは何があったのかと僕たち三人に視線を送っている。
「柚姫。」
 僕は柚姫に呼びかける。柚姫はじっと僕を見つめた。
 なんて、虚ろなんだろう。柚姫のその瞳は澄んでおらず、僕も映していない。寒気がした。
「昨日、どこに行ってたんだ?」
「コウくんのところ。」
 コウキか。
「コウキって一体誰なんだよ。」
 柚姫の口の端が釣り上がった。柚姫からは想像できない妖艶な笑みがそこにある。
「ふふふ」
 柚姫は笑う。
「ふふふふふふ!」
「柚姫!」
 柚姫は笑っている。
 と。薄くなったかと思うと柚姫の影が消えた。
「だって光輝はまだ小さいんだもの。淋しいに決まってる。」
 愛姫の顔が真っ青になった。昨日の、あの林の時のように。いや、もっと酷い。
 虚ろな柚姫の瞳に、小さな男の子が見えた、気がした。