幾億もの夜明けを眺めてきた大樹の根元に埋まるように、私は耳を澄ます。
濃厚な緑と土の匂い。
姿の見えないたくさんの生命。
ひかり。
闇。
ふと、木漏れ日が翳る。
まぶたの裏が暗くなる。
頬に降ってきたのは冷たい雨、ではなく熱っぽいタクミの唇。
嗚呼。
胸が疼くのと同時に私の中の音楽が急速に消えていく。
彼から生まれる音楽は、彼によって奪われる。
くりかえし、くりかえし。
永遠の理。
「咲ちゃん、還ってきて」
言葉は、暴力だ。
圧倒的な力で私を支配する。
私は、音楽の中に生きてそして死にたい。
けれどそれをタクミが許してくれない。
彼から生まれる音楽を愛する私は彼を愛してると彼にいつだって告げているのに、
彼は一瞬だって満足してくれない。
音楽が私を彼から奪うと不安がる。
変なヤツ。
変なヤツ。
タクミがいなきゃ音楽は死んでしまうのに。
私を生かしているのはタクミなのに。
「……またなくしちゃったよ」
「またつかまえればいいよ」
「二度とおなじ音楽はないんだから。だから私は全部残しておきたいのにタクミが」
邪魔をするから、と言いかけて飲み込んだ。
彼から生まれたものを彼が奪うのは彼の権利かもしれないと思ったから。
「どうしたの、急に黙って」
私を間近で見つめる水分の多い瞳に、私は無意識に指を伸ばす。
触れる直前で動きを止める。
タクミはまったく動じなかった。
揺るぎない、彼のまなざし。ひかりが乱反射して私の目を刺す。
私はタクミのこめかみから彼の髪に指を差し入れて頭を引き寄せる。
背伸びをして頬を寄せる。
「タクミ、歌って」
「いいよ」
「私の音は全部タクミのものだから」
「歌うよ。咲ちゃんが望むならいつだって」
「私がいなくなっても歌って」
タクミが黙った。
私の背を支える腕がかすかに震えた。