肺の中にはフーリオの香りが充満しているだろう。香水とは違う、心地いい香りは嫌に思わなかった。

 と、そこで。あることに気づく。


 震えているのだ、フーリオが。

 小刻みに震える手は、それを隠すように私の背中に食い込み、痛いとまでいかないけれど、どうにも不安を覚える。


「本当に、本当に、心配したんだ。もう、勝手な真似はしないでくれ」

 空気を伝わり、震えた声は耳に木霊した。

 切羽詰ったような口調が、先ほどと打って変わって切なく聞こえる。同時に、本当に申し訳ないことをしてしまったという気持ちが心を埋め尽くした。


「本当に、ごめんなさい。もう、約束を破ったりしないから」

「……じゃあ、誓ってくれるかい?」

 フーリオの背中に手をまわし、優しく力を加えれば、途端に彼の抱きしめる力が強さを増す。

 この細い身体にどれほどの力が秘められているのだろうか。

 二人の距離が離れた瞬間、いつもの5倍は空気が多いような気がした。


「左手を出して」

 言われるがままに己の手を差し出すと、にっこりと笑う彼。

 何をするのか、しばらく見つめたままでいると、彼は自分の左手を私のに重ねる。直後、感じるのは激しい痛み。

 まるで焼けた石を押さえつけられたかのような、ひりひりとした痛みだった。


「な、に……?」