キミのいる世界で


 本来ならば人差し指をすぐに引っ込めて、踵を返すはずだったのだけれど……。

 どういうことか、人差し指どころか右手ごと掴まれてしまう。

 瞳が見えないその姿では、考えていることが何一つ分からないこともあって、数秒間の沈黙が少しだけ恐ろしい。

 けれど、そんな気持ちを察してか。少年はある行動に出た。


「……キミに出会えて良かった。また会えることを祈ってる」

 やはり大人びた言葉と共に落とされるのは、手の甲へのキス。

 小さく聞こえたリップ音は、子供の悪戯にしては妙に艶かしく、少しむず痒い気持ちになった。


「あ、はは……有難う、紳士君。じゃ、じゃあね!」

 こんなことをされたのは初めてでもあり、色々と言いたいことはあったのだけれど――
 
 半分真っ白になった頭では上手く整理が出来ず、私は逃げるようにして踵を返した。

 歩いている最中も、頭に浮かぶのは少年のことばかり。
 
 私って、そういう趣味があったのかな……――なんて柄にもないこと思ったりして。



 ほんのりと、熱を持ってしまった頬を冷ますためか。

 それとも、ただ単に走りたかっただけか。

 
 出来れば後者が良いなんて思いながら、大きな門が見える建物へと、小走りよりは少し早いスピードで駆けることにした。