「お早う真田さん」

ぼそ、とあたしの苗字を呼ぶ声が聞こえた。
はっとして声のした方を見る。隣の席の笹川香苗だった。

「……うん、おはよ笹川さん」
「……吃驚してる?」
「え? ああ……ああ、うん。ちょっとね」

あたしは苦笑いをして必死に隠した。本当は動揺している。何故誰一人席から離れないのだ? 
まるで何かに取り憑かれたように黒板を見つめていた。

するとその時、教室のスピーカーからノイズ交じりの微かな声が聞こえた。

『はーい、1年C組の皆さんっ、今から第一体育館へ至急移動してくださいねえ』

聞いたことにない男の声だった。いや、男だったのか? まるでヘリウムガスでも吸ったかのようなふざけた声だった。

男はそれだけ言うとスピーカーのスイッチを切った。そして皆は席から立ち上がり、がたがたと椅子を机の下へ移動させ、廊下へぞろぞろと歩き出した。

「ちょ、ちょっと皆……」

皆は虚ろな瞳で第一体育館へ向かう。それがやけに不気味だった。その時、あたしは肩を叩かれた。驚いて振り返ると、美加が怪訝そうな顔をして言った。

「ねえ和音……なんか皆、可笑しくない?」

美加もあたしと同じ事を思っていたらしい。見れば日奈子もきょろきょろと挙動不審に皆の後に着いて行っている。あたしは言った。

「……まず先生が居なかった。それにあの放送の奴も可笑しかった。明らかに今からなんか始まろうとしてる。……でも皆、なんか可笑しい」

それに付け足すように美加が嘲笑して言った。

「はっ……まるで遅刻して来たあたし達三人が来る前に何か催眠とか洗脳とかされてるみたいじゃん」

その言葉が恐ろしくて、あたしは何も言えなくなってしまった。