「そのケースの中には、何が入っている」

一日で帰るのなら、旅行用のケースなど必要はない。

「その」

「何だ?」

「耕一さんに、お願いがあるんです」

切迫しているような表情を見せている。

「言ってみろ」

「しばらくの間、耕一さんと共に、過ごさせていただけませんか?」

「何?」

渚は、一息吐く。

「操られていた間の記憶はありません。ですが、今の私でも、解る事はあります」

僕の手を取る。

記憶にある手の温かみが伝わってくる。

「私は、あなたの傍にいなければ、気が気でなりません」

「お前には、もっと住み心地のいい家があるだろう」

僕の家に住むという事は、自分の生活の質を落とすような物だ。

「相場さんはいます。ですが、あなたもいなければ、意味がありません」

渚の目は真剣だ。

僕が断っても、居座るつもりでいるのかのような程に。

渚を追い返すメリットは特にない。

逆に傍にいさせる事のほうが、メリットは大きい。

渚には、能力者を嗅ぎ分ける力があるからだ。

僕は、強くなることを忘れたわけではない。

だからこそ、渚は必要なのだ。

「本調子に戻ったといったな?」

「はい」

「なら、お前はここにいろ」

「ありがとう、ございます」

真剣な表情をほころばせた。