「耕一」

「何だ?」

渚の家の庭で鍛錬を積んでいたところを、白のティーシャツと黒のジーパンを着用したアキラがアイスを舐めながら、声をかける。

「今日さ、近くで自殺があったんだって」

「そうらしいな」

「怖いよねえ」

アキラは自分が何者であるかを思い出してはいない。

思い出の品を拝見したり、過去に行った場所を巡っても、一向に良くなる気配がなかった。

自分の記憶を辿ると言い出したのは、アキラ自身だ。

『私みたいだけど、私じゃないみたい』

本人はそう言いながら、苦笑を浮かべる。

神崎耕一が弟だと知っても、今一つパっとしない顔をしていた。

アキラは、一人でも日常を暮らせる知能や知識はあるが、以前の仕事に戻る事は難しい。

実際は、甘粕との関連性を疑われる可能性があるので辞めさせた。

甘粕の事は、伏せている。

面倒な事は避けた方がいい。

病院にも行かせてはいない。

本人も行く必要はないと思っているのか、足を運ぶ事はなかった。

今は、新しい職を探しながら事務のバイトを続けている。

給料の一部を家賃や食費として渚に渡しているが、渚はアキラのために貯金しているようだ。

「耕一もお金は払いなさいよ。素敵な家に住んでるんだからさ」

「僕は、強くならなくちゃならない」

アキラが頭を抱え、嘆息しながら庭を離れた。

元々が、そういう性格だったのか。

変わったのは記憶が無いという部分だけかもしれない。

そして、『奴』の足取りはまだ掴めていない。