「そうか」

実の姉の事でも興味を持たない。

いや、渚のいう事が正しければ、血のつながった姉ではない。

「耕一、あんた、このままでいいの?」

真剣な眼差しで、僕の事を伺っている。

記憶が戻ったのかと思ったが、それはない。

すでに、アキラの記憶は失われたのだ。

新しい記憶として『姉』という概念は存在しているが、自分にその役目が本当にあると思えるかといえば、疑問を持つ事になるだろう。

「お前は自分の心配だけしていろ」

「何いってんのさ。私はあんたを心配してるんじゃない。渚さんの事を気遣ってるんだよ」

渚の心境を理解しているかのような言い草だ。

「お前が何を言っている?」

「耕一、渚さんの涙の意味を理解しているくせに、見てみぬフリをするつもり?」

「黙れ、何も理解していないお前が渚の事を口にするな」

「なに?あんたなら渚さんの事を理解してるの?」

「さあな」

僕は歩き始める。

「あんたは、どこに行くつもり?」

「借家に戻るだけだ」

「ふうん、そっか。ま、元気でね」

僕にそれ以上の言葉をかける事はなく、アキラは荷物を持って屋敷を出て行った。

僕自身も後に続いて、屋敷を出ていく。

家主のいなくなったこの家に戻る事はないのだろう。