私は何も持っていなかった。
そう、記憶さえも。

















私の記憶の始まりはある雨の日。
私は雨に打たれながら佇んでいた。なぜそこにいるのかも分からない。自分の名前すら知らなかった。
道行く人たちはみんな私から目をそらした。






私は凍えていた。
けど、どうすることも出来ずただ立ちつくすしかなかった。




















「どうしたの?」


…雨がやんだ。
いや、私の頭上に傘があった。


「大丈夫?こんな酷い雨の中、傘もささずにいたら風邪をひくよ」







その人の声はとても暖かかった。







「傘がないならこれあげるよ」


折りたたみ傘を差し出された。



私はどうしていいか分からず、動けなかった。
声を発することも出来なかった。



「…どうしたの?」







親切にしてもらっているのに、黙って立ちつくしている私は最低だと思う。
お礼くらい言わないと。
それなのに声を出せず、動けない私はただすがるような気持ちでその人を見上げた。