一階に降りた空兎が見たものは、今まさに靴を履いて、玄関を出ようとする、同い年の従兄の背中だった。

「まだ行っちゃダメ〜!!」

 絶叫しながらその従兄の首根っこを掴んでは、廊下の方へと強引に引きずった。
 朝からそんな不意打ちをくらった可哀相な従兄は、廊下を数メートル引き摺られて痛たんだ背中を当然、押さえる。

 だが、空兎は容赦はしない。

「アタシを見捨てて学校行こうなんて、どういうつもり!?」

 ビシッと人差し指を差して文句を叩きつける空兎。
さすがに不条理を感じた従兄が振り向いて返す。

 耳が少し隠れるくらいのサラッとした黒髪に、優男風といった顔立ちの風体で、名を甲斐浜 仙太(かいはま せんた)という。

「見捨ててって、呼び起こしに言ったら「先に行ってて〜」って言ったじゃないか」

「……言ってない! 多分それ寝言!」

「…………」

 言い訳にもならない言い訳に呆れるしかない仙太。ため息を一回し、諭すように告げる。

「なら待っててやるから、早く制服に着替えなよ…」

「ん…了解っす!」

 元気に返事するなり、こともあろうに空兎はその場でパジャマを脱ぎ始めた。戸惑い、慌てながら仙太は注意する。

「じ、自分の部屋で着替えろよ!」

「じゃ、これお願い!」

 そう言ってすでに脱いだパジャマの上着を仙太に投げ付け、空兎は二階の自室に戻っていった。

 無理矢理押しつけられたパジャマを見ながら仙太は嘆いた。

「朝から賑やか過ぎ…」

 とりあえず、それを洗濯籠の中に放りこみ、空兎が降りてくるのを待つ仙太だった。