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 クヲンがベランダからマンションに帰ってきたのは、夜になってからのことだった。

「クヲンくん………」

 ハウスキーパーの用意した夕食にも手をつけず、ずっと帰りを待っていた空兎が、窓を開けて部屋に入ってきたクヲンを出迎える。

 だが、彼の表情は暗い。

「クヲン……くん?」

「わりぃ……」

 その返事が、成果がないことを表していることを悟り空兎は、絶望に膝を折った。

 そんな空兎の背中から、クヲンは肩に手をかけながら穏やかに告げる。

「心配するな。あの公園にいなかったってことは、せっちは自力で移動したか、誰かが助けたってことだ」

「………アイツらに連れ去られたかもしれない」

「それはない」

「何で言い切れるの?」

 クヲンは言葉に詰まり、己の失言に気付く。自分は空兎の言う“アイツら”と繋がりがあるため、仙太が連れ去られていないことは知っているが、空兎はそのことを知らない。だから、クヲンが断言するのが不自然に聞こえるのだ。

 初歩的なミスだったが、電話の会話を咄嗟に思いだし、それを利用する。

「奴らの目的が“鍵”にあるとしたら、それを持っていないせっちを拐っても奴らにメリットはない」

「……………」

 何も返してこない空兎が、クヲンは怖かった。

 顔が見えないからこそ、自分が疑われているのではないかと、怖かった。

 沈黙が重く乗り掛かる。

 それが空兎の口で破られる。

「そう……」

 判断のつけがたい声色にクヲンは戸惑う。が、平静を装って、空兎に告げる。

「飯……食おうぜ」

「………うん」

 クヲンに背を向けたまま、空兎は返事をする。

 クヲンが夕食が並べられているテーブルに向かっても、空兎はしばらくの間、動くことはなかった。

(まさか、せっちがいなくなることで、空兎にここまで影響するとはな………)

 ふと、部屋の端に置かれている空兎の鞄に視線を送る。そこにくくりつけられているキィは、眠っているのか、目を閉じた状態だった。

(やばいかもな……)

 何かを考えながら席につくクヲン。

 目の前の夕食には手をつけず、空兎が来るのをひたすら待ち続けた。