「だって、仕方ないじゃん……アタシが………しっかり掴んで………れば」

 途端に空兎の声色が変わった。いや、元々、おかしかった声色がやっと正常になったというべきか……今にも、泣き叫びそうだった。

(違う! 違うんだよ空兎!)

 真実を話したい。しかし、今のクヲンには、それによって起こりうるリスクを回避する術がなかった。

「せっちんは……落ちなくて……すんだの………に………」

 空兎は、絞り出すように声を出していく。もう、限界が近づいていた。

(お前は何も!……悪くねぇんだよ!)

 今すぐ持っている冷やしタオルを放って、目の前の空兎を抱きしめたい衝動に駆られたクヲンだが、自分にそれが許されることではないと思って、踏み止まる。

 グッと歯を食いしばって耐え忍ぶと口の中を切ったらしい。口の中に血の味が広がった。

「ダメだ………やっぱ、アタシ弱いままだ……泣かないって………ジョーさんが無事なようにって願かけのつもりで、泣かないって決めたのに………涙、止まんないから………だんだん胸、痛くなってきちゃって……我慢………出来なくなっちゃったよぉ」

 掛ける言葉が、クヲンには見つけられない。「泣けばいいさ、我慢することない」なんて気軽に言えなかった。

 彼女をここまで苦しめてしまった自分に、その台詞を吐く資格はないと思っていた。

 散々、悩んだ挙げ句、空兎が我慢の限界を越える前に出た言葉が一つ。

「………そういや、トイレさ、行きたかったんじゃないのか? 行ってこいよ」

「……そうだね」

 空兎は、そう返事をすると、急いでトイレへと駆け込んだ。

 トイレの戸がキィィと開き、バタンと閉まる音が聴こえ、直後に水を流す音が聴こえると───────────



 クヲンは、持っている冷やしタオルを壁に投げつけた。

(サイテーな野郎だな、俺)

 クヲンも泣きたい衝動に駆られたが、我慢した。

 彼女の泣き声を聴くより、遥かに容易い“罰”だ。


 床にぶちまけられた氷は、クーラーもついていないその部屋では、空兎がトイレから出てくる頃には全て溶けていった。