あ、日が暮れた。
あたしはまた、存在が不確かになった。
桜井翼は不確かな人間。
空気のような、そんなものに。
―――――――
朝日が窓の隙間から射し込んだ。
あたしは久しぶりにそんな光に誘われて目を覚ます。
「翼~!早く食べないと!」
香子さんの声だ。
バターの香りのパンをかじる。
きっとこれが普通の生活なんだよね。
あたしが見失ったもの。
憧れもしなかったもの。
でも今は、こんなに近くにある。
だけど、こんなに近くにあるからこそ、怖いよ。
いつこの生活がなくなるかわからない。
また失うなんてもう嫌。

