静寂の中に広がる乾いた音。
こんな時じゃなければきっと、「傍に居てくれ」って言われたら心から喜んだはず。
だけど今は、素直に受け取ることが出来ない。

冬馬兄ちゃんには麻実ちゃんが居る。
その事実は変わらない。


「…もう放っといて」


弱まった腕の力。そこから抜け出してまた走り出す。
初めて人を叩いた。しかも、大好きな人を…。

数メートル離れて振り返ると、冬馬兄ちゃんは立ち止まったまま頬を押さえていた。
ズキッと痛む胸。でも今更、冬馬兄ちゃんの元には戻れない。


「ごめんなさい」


小さく言い、また走り出す。

だけど私は、すぐに走ることをやめた。
自らやめたわけじゃない。
私は――。



――“その時”私は、遠くに居る冬馬兄ちゃんを見た。
みわ、って口が動いてるのがわかる。

車のブレーキ音、鈍い音…道路に叩きつけられる衝撃。
全てが、まるでスローモーション再生のようにゆっくりと時を刻む。


「美和っ!!」


今度はハッキリと聞こえた冬馬兄ちゃんの声。何度も何度も私を呼ぶ声。
だけど体は動かなくて、目を開けることも出来ない。


「頼む、目を開けてくれ…俺を見てくれ…」


泣き出しそうな冬馬兄ちゃんの声を、遠くで聞いたような気がする。


――……。




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