午後だというのにまだまだ暑い。そんな駅までの道を良明と並んで歩く。
「おばさんと何話してたの?」
「ん?あー…あれ、ね」
隠すようなことじゃないか、と良明を見た。
「いつかは私に旅館を継いで欲しいって言ってたの。
二人には子供が居ないし、私になら安心して任せられるから。って」
旅館の仕事はキツいけど、やっぱり楽しい。
だけど、継ぐとなるとまた話は別だ。
「将来やりたいことって、正直決まってないから…やってみたいとは思った。
だけど、“やってみたい”ってだけじゃダメでしょ?
やってみました、はいダメでした。じゃ済まないもん」
仕事としてやるからには、責任を持ってやらなきゃいけない。やり通さなきゃいけない。
やってみたい。なんて言葉だけではダメなんだ。
「…断ることも、良い返事をすることも出来なかった。
今すぐじゃなくていいって言ってくれてるけど、やっぱり悩むよね」
どうすればいいか今はまだわからない。
やってみたい。だけど…の繰り返しだ。
「お前でも真剣に悩む時ってあるんだな」
「…は?」
ニヤリと笑った良明は私の少し前を歩き出し、振り返ることなく言葉を続ける。
「ハナから完璧に出来る奴なんて居ないよ。如月さんだってそうだったと思う。
いっぱい勉強して、少しずつ出来るようになる。そうだろ?
だから、お前もそうやってけばいいんじゃない?」
そう言った良明の表情はわからない。
だけど、笑っているように見えた。
「気負い過ぎんなよ。
お前がお前らしくあることが一番なんだから」
…振り返った良明は、今までで一番優しい顔をしていた。
全てを包み込んでくれるような、優しい顔。
「…ありがと」
「おう、気にすんな」
…何が「気にすんな」なのかよくわからなかったけど…少しだけ、心が軽くなった気がした。



