――……。


美和は、自分の名前は言える。だけどそれを紙に書くことが出来ない。
名前を書いた紙を見せても、それを「字」だと認識出来ない。
小さい子供がグチャグチャに書いた線、それと同じように見えるらしい。

そして、俺たちのこともあまり覚えていないらしい。
麻実や良明くんを「どこかで会ったかも」と思い、俺のことは「知っている人だけど、どういう関係だったかはわからない」と言う。

美和が覚えていた人、それは美和の両親…つまり父と母。
だけどそれも「多分お父さん」「多分お母さん」という曖昧なものだった。


「記憶が戻る可能性はあるけど、戻らない可能性もある」


医師はそう言う。
脳に異常は無かったのに、それと記憶喪失とは別物らしい。
…よくわからないが、そうらしい。


「無理に呼び起こそうとするのは逆効果。ゆっくりやっていこう」


今は、医師に託すしか無い。
再び眠った美和を見つめ、静かにその手を握った。