過去作品集○中編


『ヤバ…… 車に鍵さしっぱなしだ』

かけっこを終えた後、ハッとしたように達也が言った。

そうだ。
自販機の前に……

『とりあえず戻ろっか』

『うん!』

達也は、長い足に似合わない小さな歩幅で一緒に歩いてくれる。

後ろを歩く私を気にしてか、たまに振り返っての確認。

一人でさっさと帰っちゃうかと思ったのにな……

こういう所は昔と全く変わらないから、ちょっと戸惑う。


『達也?』

と、街路樹の下を歩く私達に、一人の男の人が声を掛けてくる。

『こんな遅くまで何やってんだ?』

この人、見た事ある。
確か……

『……誰ぇ? 隠し子?』

男性の隣にいるケバケバしい女の人が言う。

香水きつくて、胸元ガバーって開いてて、水商売の人みたい。

『甥だよ。 妹の息子』

男性はそれだけ言うと、私達の前を去っていく。

今の台詞、あの日と同じだ。

そうだ。
今のは達也のお父さんだ。

前に一度だけ見た事があった。

『またあんな嘘。 達也の気持ちも考えてよ……』

要らない存在になるのが、どれだけ悲しいか……
今の私には解る。

だから余計に、あの嘘が許せなかった……

『俺さぁ、あんな親父といるせいか「愛」って解んないんだよね』

私の思いとは裏腹に、達也は笑って言った。

『愛されるのは好きだけど、終わりが恐いんだ。 捨てられると思うだけで恐さが増す』

『恐い……?』

『だったら適当につるんで、切られる前に切ればいいって。 自分からなら傷付かなくていいって……』

何よそれ。
今さら言い訳みたいな事言って……

『亜由美の事も、早く捨てなきゃ捨てられるって、めちゃくちゃ焦ってたんだ』

何か変わるわけじゃないもの。
今さら聞きたくないよ……