アルカディア少女

それは今から数十分前の出来事。
――私は見てしまったの。が彼女の話の文頭だった。



数十分前、場所はグラウンド。アメリカンフットボール部は孝一が掲げたメニューに取り組んでいた。走る音やぶつかる音やボールを受け取る音だけが、グラウンド中で沸き起こっていた。そして、そんな音たちの中に、もう１つだけ聞こえる笑い声。


それは、詩織と孝一の声ではなかった。その笑い声の持ち主、斉藤ミキ。彼女の高らかな笑い声だけが不自然なまでに、グランウンドの隅にまで反響していた。それはあまりにも不自然すぎていて、そして耳障りさえある音だった。


｢ねぇ、孝一くん。このメニューなんだけどね？｣
斉藤はそう言い、必要以上に孝一妖一に近づいた。斉藤はメニューが載ったボードを差し出すふりをして、孝一の注意を引こうとする。


｢あん？何処だよ、糞マネ。｣
そう言った彼の視線はボードの上のメニューの上にしか注がれていない。


それでも、｢あ、此処のことなんだけど・・・｣そう言ってさらに、孝一に近づく姉崎は頬を赤らめ、声を少し上ずらせ、もはや誰が見ても彼女が孝一妖一に好意を寄せ、彼の視線を自分のものにしているのは一目両全というものであった。


｢ああ、此処はだな、数分置きに時間を空けて・・・｣
孝一の長い指がボードの上を触れるか、触れないかの高さで走る。斉藤は図々しくもそれが自分の指に触れられているかのように、より一層に赤くその顔を染めた。


｢そういうことだったのね。私全然解からなかったわ。｣
作り笑いのような、笑顔で彼女は微笑んだ。


｢また、聞いてもいいかな孝一くん？｣
彼女は一体何をしたいと言うのだろうか、斉藤はそう言い上目遣いで彼を見上げた。
｢ああ、一応テメェも糞マネだからな。｣
彼は一言そう言って頷いてやった。それは彼にとって、言葉そのものの意味だったはずなのに、何を勘違いしたのだろうか？斉藤は自分に彼へと可能性が大きくなったと思い込んでしまったのだった。


それは彼が軽はずみに頷いたのが、いけなかったのか。それは女が思い込んだのが、悪かったのか。きっと、どちらも悪いのだろ。少なくともそれを見ていたもう一人の女性はそう思ったのだった。