「詩織・・・?」


俺は彼女のそんな、あまりにもいつもとは違う不自然な動作に首を傾げた。傾げたときに、少しでも彼女の瞳が見えないものかとこの首を伸ばしてみたが、所詮俺の首はそこまでは長くないということが証明されただけでしかなった。
彼女は返事を返さない。


俺はパタンと音を立てて、膝の上においていたパソコンを閉じた。閉じるしかないだろう。目の前の恋人が震える背を俺に向けているのだから。俺はパソコンを近くにあった机
に載せて、立ち上がる。俺の足音を聞いてだろうか?彼女の肩がビクリと震えた。


“今この目の前の人を抱きしめたい。”


そう思うのは悪いことではないはずだ。俺は手を伸ばした。彼女を抱きしめられるように。しかし、彼女と俺の今現在の距離は少しばかり離れすぎていて、俺の手は彼女の小さく華奢な身体を抱きしめることは叶わなかった。軽く、小さく舌を鳴らす。


俺は彼女との距離を縮めようと、大またで2歩分。彼女の下へと足を伸ばした。もう、手を伸ばさずとも彼女の肩を抱きしめられそうだった。彼女の艶のある黒髪から、ふわりと彼女の香りが鼻を突く。俺は彼女を抱きしめようと、腕を広げた。俺は両方の腕を引き寄せた。


「嫌だ、やめて!」

しかし、その動作は彼女の叫びにも似た一声によって静止され、俺の彼女を抱擁するという望みは叶えられることはなかった。
俺はやっぱり、軽く小さく舌を鳴らす。


何故だろう?目の前に愛しい恋人がその小さな肩を震わせながら、ポツンと一人立ち尽くしているというのに、何故俺はその肩を抱きしめること、許されないのだろうか。
もう一度だけ。俺は舌を鳴らした。


「ンだよ、どうしたっていうんだよ、詩織。」


抱きしめられないのならば、声だけでも彼女に届けと、わざと耳元でそうやって低く低く、囁いた。
掠れた声が2人しかいない部室を満たす。
彼女の耳にも俺の声はきっと満たされたはずだろう。少なくとも、再び彼女の肩がビクリと跳ねたのは俺のせいだと、そう思いたい。