ガバッと抱きついたあたしの頭をよしよししてくれた

「寝坊したのー?まあいいけど、次からは気をつけなよー、佐藤チーフの顔見たでしょ?さあ早く仕事しなっ」

遅刻した理由なんて言ったって、みんな信じないだろうから、みんなにも謝って自分の仕事を再開させた


あたしはもう一度朝の出来事を復習してみた

あの男の最後のにやけ顔が忘れられない

どうしてあたしの名前を知っていたんだろう…

やっぱりストーカーなのかな?

あたしがあの部屋に引っ越す前に、あの部屋に忍び込んで隠しカメラとか…

帰ったら部屋の隅を調べてみよう…


…でも会った事ないのに、ストーカーなんて無理じゃないのかな?

会った事か…


はっ、と思い出した


あたしはあの男の顔には見覚えがないけれど、あの腕の痣には見覚えがあるはずだ

思い出せ、あたし

あの時確かセミの鳴き声と川のせせらぎと…



「…………さん、……原さん!」


あと他には何だったっけ…

どうしてその風景を思い出したんだろう…


「平原さん!平原さん!」


そうだ、あたしの名前は平原だ
そんな事はどうでもよくって

「どうでもよくないでしょ!平原さん!しっかりなさい!」

耳元でそう佐藤チーフに叫ばれて飛び上がったのと同時に、机の上の珈琲が反動でこぼれた


「えっ、あっ、はいいいっ」

びっくりして返事をすると、横にはまた怒った顔のチーフがあった

あたし、また何か怒らせてしまったのだろうか…

「あなたずっと1人ごと言って、私の話し聞いてなかったでしょう」

呆れると言ってチーフはため息をついた

「平原さんストーカーされてるの?」

チーフが珍しく優しくあたしに問いかけた

「えぇ…まあ…そんなような」

あたしは本当に1人ごとを言っていたのだと、恥ずかしくなり、顔を赤らめた

「好き者もいるものね、なにかあったら力になるから言いなさいよ」

あたしはチーフの顔を見上げた

初めてこんな優しいチーフの言葉を聞いた気がする

感動して目を潤ませるあたしから、チーフは視線を外して、

「あぁそうだったわ!表にでて案内人頼むわね」

と言い、またきびきびと働き出した


あたしはぼけっとしてる暇はない!
今は仕事をきちんとこなすために、あの男のことは、心の奥に封印する事に決めた