昔、目の前で歩が死のうとした所を何度か見た事があった。

あんなだが、本当は俺なんかより繊細だった。


最後に見た時は半年ぐらい前だった。

冬の海、冷たい海水に薄着で沖に向かって歩いて行く。

始めはただそれを俺はただ見ているだけだった。

少しずつアイツの体が浸かっていく。

荒い息遣い。波の音。

後ろから呆然と見ている俺。

白い息。涙の跡。

手を伸ばしても届かない。

「歩ー!」

走っても走っても追い付かない。
波が邪魔して思うように進まない。
「歩っ!歩ー!」
手を伸ばす。後少しなんだ…。
届かない…。

泳げないんだよ、俺。
知ってるだろ、オマエ。


振り向けよっ!


「いず…み?」
「あ、ゆむぅっ!」
「…!
 あぁ…嫌だ…嫌あああぁぁっ!」

俺に気付いた歩はパニックになり、どんどん沖へ進む。

俺は高波に掠われそうになり、何度も押し戻された。


薄れいく意識の中で、溺れそうな人間の救助はしてはいけない…という言葉を思い出した。

んなもん知るか。

助けなきゃ。
助けなきゃ、俺達は死ぬ。


きっと俺もパニックになっていたんだろう。

自分が沈んでいくのか、歩が沈んでいくのか分からなかった。

しかしそんな中、手を伸ばした時に何かを捕まえた。

冷たくて温かさを感じない…これは、腕?