「詩織ちゃん!!」
ドス!と重い音が一つ。
俺の反射神経は間に合わなく、立ち上がって飛び出す一歩手前の変な格好で止まった。
「うぐっ。」
詩織ちゃんの木刀は犬の飼い主の横腹を強打していた。
男がその場に倒れると、男の体から黒い靄が吹き出し再びクロちゃんが現れる。
「コイツ、さっきより大きくなってる!」
「クロちゃんがこの男の中の負の感情を取り込んだのよ。」
クロちゃんはギザギザの大きな口をニタリと開き、今度は俺に向かって来た。
「う!うわぁ!」
俺は情けなく頭を抱える。
「アンタ、ビビりすぎ。」
フワリと優しい香りが鼻を撫でたと思うと、詩織ちゃんが目の前に背中を向けて立っていた。
「あ…。」
彼女は向かってくるクロちゃんを縦に真二つに斬った。
ばっくりと二つに割れたクロちゃんは大きな口を俺の頭の両横でガブリと閉じ、黒い煙りになって夜空に消えた。
俺は急に足の力が抜けてしまい、へなへなと地面に座り込んだ。
額から一筋の汗が地面に流れ落ちた。
「大丈夫?」
そう言って彼女は手を差し伸べてくれた。
細くて綺麗な手。
よくこんな壊れやすそうな手で…。
「あ、うん…。」
俺はその手を握り立ち上がった。
「ちょっと意外だったわ。人以外にクロちゃんが取り付いてるのは初めてだったから。」
「詩織ちゃんこれ。」
俺は木刀のケースを詩織ちゃんに手渡した。彼女はそれを受け取り、横たわる犬を見つめながら重い口調で、
「動物にまで影響が及んで来るなんて。早く何とかしないと…。」
今詩織ちゃんは目の前で一生懸命に頑張ってる。前に詩織ちゃんがクロちゃんは人の負の感情の集合体なんだと言っていた。これが本当なら、はっきり言ってクロちゃんには終わりが無い。
人が誰かを怒ったり、憎んだりすることは無くならないからだ。
こんな簡単なこと詩織ちゃんが気づいて無いわけじゃ無いだろうし。現実的にクロちゃんを全て倒す事が出来ないと分かっているのに、それでも立ち向かっていく。
詩織ちゃんの戦いに終わりはあるのか?この戦いにずっと付き合っていく。
そう考えたら少し気が遠くなった。
「滝本君!次、行くよ!」俺がどれだけ弱気になっても詩織ちゃんは前に進んで行くんだろうな。