「【アップル】とは直径3センチ5ミリ程のルビーです。名前の通りその中心部分にリンゴ型の影が入っています」

 別の記者が手を上げる。

「その【アップル】なんですが、さっき警備の方から――」

「木村です」

「ああ、その木村さんから名前の出たコメットに狙われるんじゃないですか?彼は最近、影を持つ石を集めていると聞いていますけど」

「そうでしょうね。私もそう思いますよ」

 影山が答えた。

「では特別な対策をされるのですか?」

 今度は記者の質問に軽く眉を上げた。

「特には行いません。先程説明にあった警備システムで十分だと思いますから」

 会場がざわめく。

「相手はコメットですよ。それでも十分だと?」

「ええ。確かに彼は今まで何点もの宝石を盗んでいますが、全て個人宅からで、こういった本格的な警備システムの所からというのは無いでしょう?」

「でも――」

「だから、あんなコソ泥は屁でもないと言ってるじゃないか。のこのこやって来たらとっ捕まえてムショにぶち込んでやるよ」

 影山の説明にもなかなか納得しない相手に苛ついたのだろう。

 木村は食い下がる記者に向かって、鼻から煙を吐きながらそう言い放った。

 周囲から小さな声が漏れる。

「おい、なんだか面白くなって来たぜ」

「今のはコメットへの挑戦状と受け止めていいのでしょうか?」

 また別の誰かが声を上げた。

「結構だね」

 やり取りを聞いて、千聖の隣の記者が呟く。

「ますます挑発的になって来たな。コメットに聞かせてやりたいくらいだ」

「ああ。俺もそう思うよ」

「それにあの木村って奴の下品な態度」

「―― 最悪だな」

 頷いて千聖は苦笑した。

「皆さん御心配の【アップル】は展示室の中央、四本の柱に囲まれた特別スペースに飾ることにしましょう。大丈夫、心配ありませんよ」

 最後に岡島がにこやかに微笑んだ。

(それだけ挑発するのなら覚悟は出来ているんだろうな?見ていろ。こんな子供騙しの警備なんて、何の役にも立たないって事をたっぷり教えてやる)

 千聖は目を細めて頭の中で呟くと、カチッと音を立ててボールペンの芯を戻してポケットにしまった。


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