「春登。」

予想外の優しい声色に、顔を上げると、未だにしりもちをついたままの僕の前に父さんがしゃがみこんでいた。

「春登、父さんは高校を辞めたことを怒ってるんじゃない。」
「・・・え?」

父さんは、僕の目を見ながら話し出した。

「なんで、こうなる前に話してくれなかったんだ。行きたくないのなら、受験だって辞めて良かったんだ。
 父さんと母さんは、分かってたんだ。お前が、すべてに我慢していること。」
「俺だって、父さんたちが気づいてるのは知ってたよ。だって、母さんはずっと何か言いたそうな顔してるし・・・」
「でも、お前は何も言わずに、世間の流れに乗って生活をした。」

父さんの言葉に、僕は何も言えなくなった。

「春登。自分を偽って生活していくのが一番つらいんだ。僕は大丈夫だよって、笑いながら泣きそうな顔してたんだぞ?」
「・・・うん。」

そこまでいうと、父さんは僕の頭に手を置いて、ニッと笑った。

「今度からは、悩んだらちゃんと言え。自分がこうしたいと思ったことを大事にしろ。そのかわり、自分で選んだ人生に責任を持て。いいな。」

父さんの言葉が、なんだか妙に温かく感じて、目頭が熱くなった。

「母さんが、仕事場に電話をくれてな。第一声はなんだったと思う?」
「高校を辞めたことの報告だろ?」

僕がそういうと父さんは、いたずらっこのような顔で首を横に振った。

「『お父さん、春登が自分のこと、僕じゃなくて俺って言ったのよ。あの子、一皮むけたのかしら?』だってさ。」
「・・・ははっ。」

父さんと二人で、玄関先で笑ってしまった。
この日まで、きっと僕は、親の前でも自分を偽って生きていたのかもしれない。
でも、こんな僕を認めてくれる親は、最高の親だと思った。
二人の気持ちに答えるためにも、僕は、中卒という自分が選んだ人生に、精一杯向き合わなければいけないと、このとき思った。