ボーダー

「祖父母に場所聞いて、先に行ってて。俺も服着たら行く。」

「わかった。
先に行ってるね?」

いつになく素直な明日香。
いつもなら、絶対一緒がいいとか駄々をこねるのに。
そこも愛らしいんだけど。

明日香を見送ったあと、きちんとスーツを着て髪のハネを直す。

スーツ、持ってきて良かった。

まぁ、今からやることは事前に兄に相談したんだが。
兄にはビデオカメラ係も頼んである。

大丈夫。うまくいく……はず。

部屋を出ると、兄と親父に、頑張れ、とでもいうように握りこぶしを作られる。

兄は、それだけでは足りないと思ったのか、バン、と肩を叩いてきた。

「男ならシャンとしろ、シャンと!
言うんだろ?
大丈夫。
うまくいくって。」

「ビデオカメラ係なら任せろ。
ウチの頼りない息子だと、手が震えてブレブレな映像になりかねんから。」

「ありがとう。
……行ってきます。」

そう言って、ひとつ、深呼吸をする。

よし、行くか。

「お待たせ、明日香。」

ちょうど、夕日と夜空が交代する時間。

「夜景、綺麗だよー!
来てよかった!」

はしゃぐ明日香。

「明日香。はしゃぐのも可愛いけど、さ?
オレの方を見てほしいな。」

「んー?」

何、とでも言いたげに笑顔で振り向く明日香。
オレの真剣な眼差しに、何かを感じ取ったのだろうか。
オレの目を見つめて、黙る。

オレはそっと、プールサイドに膝をつく。
スーツの胸ポケットから小さな箱を取り出して彼女の前で開く。

指輪はイミテーションだ。

普通の指輪ではあり得ない大きさのダイヤモンドカットをイメージしたシルバーの籠の中にはキュービックジルコニアが入っている。

指輪自体には、リボンでハート型のプレートが結ばれている。

「Will you marry me?」

と、文字が入ったプレートが。

「え、徹?
これ、それに、この文字……
どういうこと?」

少しの沈黙の後、事態を飲み込めたらしい。

「Yes, I do.
My Pleasure. 」

明日香、英語話せたんだ……

「英語で言ってみたけど、しっくりこない。
……言い直す。

嬉しい。
ありがとう。
こちらこそ、よろしくお願いします。
旦那さん。」

ぺこ、と頭を下げたあと、これ以上ないくらいの笑顔で微笑む明日香。

ビデオカメラ越しとはいえ、兄に見られていると思うと気が気じゃない。

明日香の身体をキツく抱きしめる。

「オレも嬉しい。
こんな可愛い奥さん貰えるんだもん。
幸せにするから。」

「ちょっと徹?
一回離して?」

明日香が戸惑ったように言うので、一瞬、目をキョトンとさせる。
俺が身体を離した瞬間に、明日香のほうから唇を重ねてくれた。

そのキスに軽く応じたあと、耳元で囁く。

「……明日香。
左手…出して?」

オレは差し出された明日香の左手薬指にチャームとリボンを取った、先程の指輪を嵌めた。

明日香の綺麗な黒い瞳から、一粒だけだがゆっくりと涙が流れた。

「泣くな?明日香。」

「だって、こんなの貰えるなんて思ってなかったもん。」

それだけ、嬉しいんだよな?

「まだ……"仮"だけどね?
オレが帰国したら、その足でちゃんとしたの、選びに行こうか。
その時こそ、"本物"をあげるからね?」

「うん、私も自分で決めたい。
大事なものだもん。」

どこからともなく拍手があがる。

俺の兄と祖父母と、知らない外国人の方まで、とにかく大勢。

なんだ?

何やら、祖父母と楽しそうに話している。

オレも明日香も多少だったら英語での会話はできるが、流暢には話せないし、リスニング力もない。

親父が通訳をしてくれた。

「デリバリーしたフライドポテトとかの器を取りに来たら、一生の記念になる場面に出くわした。
孝太郎さんのもう一人の孫が来て、一緒に来る女性にプロポーズする予定だというのは聞いていたんだ。
成功したらそのままパーティーの流れにしようかと思って、知り合いを呼んでおいた。
こういうのも、日本とは全然違う感じでいいだろ?」

だってさ。

そのまま、プールサイドにある少し小さいテーブルにありったけの料理を並べて、立食パーティーのようになった。