ボーダー

エレベーターに乗り込み、社員証をかざしたあと、横のモニターを覗いて、「解錠」と表示されるとドアが開く。

横のモニターを覗くのは虹彩認証のためだ。

執務エリアに入ると、慌ただしく南が鞄に荷物を詰めていた。

「あ!室長に伊達さん!
私、副業でクライアントとの打ち合わせと、展示会見学が入っております。お昼すぎには戻りますね」

「おお、分かった。
気をつけろよ。
暑いから、熱中症予防には水分と塩分も摂ることを忘れるなよ。

あ、そうそう、伊達と俺から、後で南に話があるんだ。
俺たちも昼の時間はずらす。
何なら外食でもいい。

そこは、南の仕事が一段落ついたら詰めるか。

今は、余計な懸案事項を増やすべきじゃないからな。」

「管理職としては、社員が無事に帰社することが何よりだし、気をつけてね。
何かあったら連絡すること。
行ってらっしゃい。
エージェントルー厶の華が仕事とはいえ不在になるの、ちょっと寂しいんだけど。

あんまり長話すると仕事に影響が出る、早く行った行った」

「はい!行ってきます!」

とびきりの笑顔を見せて片手を上げ、白いパンプスのヒール音を鳴らしながらエージェントルームを出ていった明日香。

可愛いなあ。

『エージェントルームの華』として男性社員からの人気がものすごいのもよくわかる。

ただ、明日香はオレのものだ。


オレと室長もそれぞれの仕事をこなすと、時計の針は14時を指していた。

「遅くなりました!
室長、伊達さん!」

バタバタと小走りで執務エリアに駆け込んできたのは、明日香だ。

額には汗が滲んでいる。
この暑い中、急いで来たのだろうか。

「お、おかえり、南。
無事に帰ってきてよかった。」

「私、帰るついでに良さそうなお店もリサーチしてたんです。お店の地図と概要、おふたりのパソコンに送りますね!」

そんなことしてたのか、明日香の奴。

しっかりしてるなぁ。
さすが、未来の奥さんだ。

「うん。分かったから、少し休んできたら?
軽くシャワー浴びてもいいし、それは任せる。

帰ってきてまたすぐに慌ただしく出かけるのもどうかと思うし。

「じゃあ、少し時間ください。
仕事用の資料とか、打ち合わせ先で貰った資料とか整理して、少し荷物減らしますね
あと、ロッカールームにも行ってきます。」

ロッカールームとは更衣室のことだ。


「ん、分かった。」

「ゆっくりでいいからね。」

明日香が準備をしている間に、パソコンに明日香からのメールが届いていたので、手持ちの端末にメールを転送し、2人で見た。

「おお、さすが明日香、センスいいなぁ。」

観葉植物を適度に置いた、落ち着いた雰囲気のカフェで、ランチメニューも日替わりになっていた。
ソファー席もあり、座り心地は良さそうだ。

さすが、女子はこういうオシャレな店を見つけるのが得意だ。

感心しているうちに、明日香が来た。

仕事用の服装はストライプのブラウスに黄色のフレアスカートだった。
今は休憩中だからなのか、ボーダーのサマーニットにデニムのプリーツスカート、ベージュのサンダルを履いている。

ピアスも一粒パールのシンプルなものだった気がするが、ストロベリーをモチーフにしたピアスが華奢な耳から下がっていた。

サマーニットだからか、胸の膨らみが強調されており、気をつけないと下半身が疼きそうだ。

「行きましょ、室長に伊達さん!
あのお店、気に入ってくれたみたいで良かったです!」

エージェントルームを出て、炎天下の中を10分ほど歩くと、目的の店に到着した。

店員さんもにこやかに迎えてくれた。
1番歳上の室長をソファー席に座らせてやり、
オレと明日香も続く。

ランチメニューのパスタやドリア等を各々オーダーすると、まずは室長がDNA検査で室長自身とオレが異母兄弟と判明したこと、
室長の父親の前妻が柏木 亜子であることを話した。
オレも、室長の父親の後妻がオレの母親である伊達真琴《いだち まこと》で、伊達姓が消えるのが心苦しいため、母親の旧姓を名乗っていることを告げた。

明日香自身も、たどたどしく、飛行機の機長として世界中を飛び回る南 昭人《みなみ あきと》が父親で、本当の母親が不幸な事故で既に他界しており、DNA検査で、本当の母親と生物学的にも母親であること、まだ幼かった明日香自身を連れて再婚したのが、柏木亜子なのだと話してくれた。

柏木亜子からは精神的に幼さの残る嫌がらせを受けており、ちょくちょく徹の家にお世話になるうち、距離が近づいて結婚前提で付き合っている話もしてくれた。

本人が目の前にいるのに恥ずかしかったが、そこは仕方がない。

ここからが本題だ。

「マレーシアにお住まいの、室長の祖父母にお会いになる、そこで徹のことも、私のことも紹介したい、と?
確かに有給休暇もたっぷり残っているので私は構わないです。
しかし、室長の祖父母は了承してくださっているのですか?」

明日香が打ち合わせに行っている間に話をしたら、大歓迎だったよ。
祖父母は定年退職後、余生を充実させたくて移住したそうだ。
祖父母の息子、つまり俺の父親が不動産投資をしてるから、それも順調だそうで。

祖父母の様子を見るために俺、じゃなくて、俺と徹の父も来ている。
行くなら今がチャンスというわけだ。
どうする?」

「行きたいです!
ちょうど、旅に出やすい服のパターンを考える考える仕事にも役立つので、どこかのタイミングで旅行したいな、と思ってました!
ですが、準備も必要なので、3日は猶予がほしいですね。
あ、半年前にグアムに行ったので、パスポートは有効期限、切れてませんよ」

明日香の言うとおり、準備もあるので、3日後に成田空港で待ち合わせることにして、遅いランチは終了となった。