ボーダー

だけど、リビングに顔を出すことすらしなかった。

とてもじゃないけど……そんな気分じゃなかったから。
泣き腫らして化粧まで崩れたぐちゃぐちゃな顔なんか見られたくなかったし。

部屋のドアがノックされる音とともに、落ち着いた声。
律儀に等間隔のノックは、レンだ。

「ハナ。
オレ……レンだよ。
開けて?」

「………帰って!」

そう言ってしまった。
これじゃまるで、レンに八つ当たりしてるみたい。

「無理。
ハナと話が出来るまで、ずっとここで待ってるから。」

それはさすがにさせられない。
もう10月で、夜になると冷える。
風邪引いちゃうし。

特待生かつ、留学生の彼は、来年で留学生活を終える。
1日でも長くこっちの生活を楽しみたいだろうから。
そう思って、部屋のカギを開けた。

「入れば?」

「ハナ。何があったの?
その……ミツと。」

「やっぱり、それを聞きに来たんだ?」

「ほっとけないし。
夕食もろくに食べてないんだろ?」

「うん。」

「あのさ、話す前に……着替えれば?
制服……シワになるよ?」

「……。
着替えるから、出てって!」

「んー?別にいいじゃん。
ハナの裸、オレ一回見たし。」

「バカ!
レンのエッチ!」

レンの頭に抱き枕を投げつける。

「冗談だよ。
着替え終わったら……呼んでな?」

……もう。

レンったら!
恥ずかしいことを平気な顔をして言うの、やめてほしい。
ニットのワンピに着替えて、ついでにクレンジングシートで化粧を落とす。

「レン?
入っていいよ?」

「……。
あのさ……オレの前で部屋着ですっぴんって。
オレを男として意識してないってこと?」

「んー?
そういうわけじゃないよ。」

「まあ、いいや。
大事な幼なじみを襲うつもりないし。
とにかく、話して?
何があったか。」

私は、今日の劇の観客に魔導学校のときに仲が良かった鷺宮 和貴くんが来ていて、彼に告白されたことを話した。

そして、もちろん告白を断ったことも。

レンが、じっと私の顔を見つめる。

「ハナ。
オレじゃ……ダメ?

オレじゃ、ミツの代わりになれないかな?
好きなんだよ。
……ハナのこと。」

黙り込む私に、レンは返事を催促する。

「……ごめんね。
レンの気持ちはすごく嬉しいの。
だけど私は、ミツが好きなの!」

「……そっか。
やっとハナから直接、本当の気持ち聞けたよ。」

そう言ってオレはハナの頭に手をポンって置いて顔を覗き込んだ。

ハナ……泣いてる?

「いいよ。ハナ。
泣きたいなら泣いていいよ?

オレにこんな甘えることも、ほとんどなくなるだろうからな。

オレからの最後のサービス。」

「レン。
ずっと気になってたんだ。
レン……変わったね。

雰囲気だけじゃない。

帰国してすぐ、私と寝た、あの日から。
レン、私以外に好きな人いるんじゃないのかなって思ってた。
だって、なんか違ったもの。

私を抱き締めるときの手の位置が、昔と逆になってるの。
レン、自分で気がついてた?
今もそうよ。」

「そこかよ。
さすがは、オレの幼なじみ。
よく覚えてるのな?

そう。
オレは、アメリカに好きな子いるよ。

アメリカだと、デーティング期間って言って、
色んな女の子と会ってデートして、一緒に寝るのもあり。
身体の相性も大事だからね。

その期間、終えるためには、俺からガールフレンドだよって言うとか、親に紹介するとか、いろいろあるんだけど。
これで、ちゃんとその子にガールフレンドだ、って言えるよ。

ありがとうな、ハナ。
踏ん切りつけさせてくれて。

あとは、オレはハナ、お前とミツを応援するだけだ。
協力くらいはさせろよ。」

……良かった。

散々泣いたらなんか心が軽くなった私は、急にお腹が空いてきた。

「泣いたらお腹空いてきちゃった。
私はご飯食べにリビング降りる。
レンはどうする?
泊まってく?」

「はぁ?
本命の子がいる男を泊めるメリット、ハナにないだろ?
オレがこの状況で泊まったら、ミツのやつ誤解するだろうからな。
オレは帰るよ。

おやすみ。」

レンを見送って、私はリビングに降りた。